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その地に足を踏み入れて何を思う…。 気の向くままに旅立ち、その地に足を踏み入れる。青い空と海と広い大地が自身を包み込んでくれる。流れる雲の如く、大地を駆け巡り、陽の光を浴びては風に踊りて空に舞う。


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USA旅行記編 サンフランシスコ旅情、海事国立史跡公園とフォートメイソン

San Francisco Maritime National Historical Park & Fort Mason





1. The Embarcadero

 コイトタワーでの観光を終えると、The Embarcaderoという通りを歩いて、次の目的地となるサンフランシスコ海事国立公園へと足を向けた。この通り沿いにはPier33, Pier39, Pier41, pier43, pier45といった番号で桟橋が並んでいる。そうした桟橋にはフェリーターミナルもあれば、潜水艦や船などが展示されていて、フィシャーマンズ・ワーフがあって観光地として賑わっている。同じくその先に海事国立史跡公園とフォートメイソンがある。この地区は元々アメリカ海軍の施設であったが、現在では歴史公園や博物館などになっていて市民や観光客にも一般公開されている。今回は時間的な事情からフィシャーマンズ・ワーフには立ち寄る事は出来なかったが、フォートメイソンを歩いては更にサンフランシスコ湾入り江に近いクリッシーフィールドまで足を進めている。



Pier33 (The Embarcadero)、アルカトラズ島へのフェリーターミナル
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Pier39にはギフトショップ、宝石店やレストランなど様々な店が並んでいる
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Pier43 Ferry Arch、隣のPier41はフェリーターミナルがある。
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フィシャーマンズワーフ手前のPier45には、第二次大戦に使用された潜水艦(復元)U.S.S. Pampanitoがある(画像左側、半分隠れている)。
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2. 海事国立史跡公園(San Francisco Maritime National Historical Park)

 フィシャーマンズワーフ(Fisherman's Wharf)のある海岸沿いの通り(The Embarcadero)からジェファーソン通り(Jefferson St)を更にゴールデンゲート・ブリッジ方面へ進むと、湾や帆船を眺めたりのんびりと時間を過ごすには都合のいい公園がある。そのサンフランシスコ海事国立史跡公園(San Francisco Maritime National Historical Park)脇のハイドストリート・ピア(Hide St Pier)には、1895完成の商船C.A.タイヤ―号、1886年の貨物船バルクルーサ号、1890年建造されたユーリカ号、1907年建造の曳航戦ヘラクレス号などが停泊している。


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アクアテック・パーク(Aquatic Park)、アクアテック湾を一望できる公園(海事国立史跡公園前のアクアテック・パーク)、此処では人々が芝生に腰を下ろして寝そべっては夫々の時間を過ごしている。
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この日は三機の戦闘機が何度も低空をアクロバット飛行していた。
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3. フォートメイソン(Fort Mason)

 フォートメイソンは、1870年から第二次世界大戦にかけて海軍基地があった所で、現在では国立レクレーション地区として軍時代からの建物や博物館がある。また此処の中核でもあるフォートメイソン・センターでは、芸術、文化、そして環境をテーマとした美術展や演劇などが催しされている。


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元の米海軍基地、建物が当時のまま残されている。
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フォートメイソンから見るゴールデンゲート・ブリッジ。
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基地建物(フォートメイソン)の隣にはヨット港もある
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グレート・メドゥ公園(Great Meadow Park at Fort Mason)
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フォートメイソン・センター入口
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 フォートメイソン前のマリーナ通り(Marina Blvd)をゴールデン・ゲート・ブリッジ方面に進むと湾岸沿いにヨット港がある。その先にクリッシーフィールド(Crissy Field)、更にその先にはクリッシーフィールド・ビーチ(Crissy Field Beach)がある。
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クリッシーフィールド(Crissy Field)
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 サンフランシスコ湾入り江に位置するゴールデンゲート・ブリッジは1937年に建てられた吊り橋である。主塔間の長さが1280m、全長2737m、水面からの高さが227m、橋の中央の高さは66mで、クイーン・エリザベス号が橋との間を僅か60cm残して通り抜けたという記録がある。ここは南北戦争時代は敵の侵入を防ぐための要塞があった所で、ゴールデン・ゲート・ブリッジの入り口の下(橋の南端の下)には当時126もの大砲を装備した所でもあり、現在その場所には南北戦争の博物館がある。
 ゴールデンゲート・ブリッジは有料となっている。確か乗用車は$5程である。私は国道101号線から行ったのが、途中で道を反れてしまい、何度も曲がっては引き返す道路を走った事から料金所から離れた道路からゴールデンゲート・ブリッジに入り橋を渡った。

 いつもは遠く離れた場所からゴールデンゲート・ブリッジを観ているだけだったのだが、実際にこの橋を車で渡ってみると、その橋の大きさには驚かされる。赤く聳え立つように高い塔の様な吊り橋の上部を真上に見ながら車で橋を渡るのである。この橋の深みのある赤色が言葉では何とも言い表せぬ風合いを醸し出している。更には橋を支える柱が高く堅固な構えとも感じ取れる。まるで車ごと巨大な橋の中に吸い込まれるような錯覚すら抱く。この橋を支えている2本のワイヤーロープがやたらと太い。直径1mはあるのだろうか?写真を撮ろうと思ったのだが・・、バックの中に入っていたため取り出せずに撮る機会を失った。







PALACE OF FINE ARTS SAN FRANCISCO 

 フォートメイソンのマリーナ通りを過ぎた所にパレス・オブ・ファインアーツがある。映画『ザ・ロック』『フォレスト・ガンプ』にも出て来た場所でもある。1906年のサンフランシスコ大地震と火災からの復興とパナマ運河の開通を祝って、1915年にパナマ・パシフィツク・インターナショナル・エキスポが開催されている。その博覧会の一部が保存されたのがパレス・オブ・ファインアーツである。この建造物は古代ローマ遺跡をイメージしてデザインされたという。ギリシャ風の装飾的な支柱と数本の柱で支えられたロマネスク式の円形的な建物が周囲の池や芝生などの景観と上手く調和が取れている。
 敷地内には650を超える展示コレクションを有する科学博物館と1000人収容の劇場がある。劇場は一般にも利用でき、アマチュアの劇団やダンス、演劇、バレエなどのイベントや発表会、講演会などが多岐に渡って行われている。


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by ex-bluemail | 2017-11-25 13:25 | USA旅行記 | Comments(0)

USA旅行記編 サンフランシスコ旅情、市街展望 コイトタワー

Coit Tower

1. コイトタワー

 アルカトラズ島から戻るとをターミナルを出て、次に向かったのはサンフランシスコ市街の丘陵(テレグラフヒル)の頂上に聳え立つ円柱型のコイトタワーである。コイトタワーへはPier33からも見えるだけに近い場所にある。Pier33前を通るThe Embarcaderoの交差点からBattery Stを通り、次の交差点を右折するとGreenwich Stに入る。更に交差点前方には傾斜の強い坂を上る階段がある。その階段を上る訳である。この階段がまたかなりキツイ!足腰に自信の有る人にはお勧めのコース。とにかく木立と茂み中の階段を息を切らせながら上り詰めると目の前に大きな塔が現れる。



Pier33埠頭から見る小高い丘陵に立つコイトタワー
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Pier33入口
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丘陵に聳え立つコイトタワー
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階段(Greenwich Steps)を上った中腹辺りからの光景
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2. この塔はどうやら入口は二箇所にあるようだ。最上階まで進もうとするが、何度歩いてもぐるぐる回り同じ場所に辿り着く。
入口にはギフト兼受付があり、反対側の入口にはエレベーターがある。どうやら上り階段は無く、エレベーターで上がるらしい。エレベーターに乗ろうとすると、係員らしき女性に受付で「入場料を払って下さい」と言われた。此の塔の途中には何があるのかは分からないが・・・、最上階にある展望台に上がるには入場料を払う必要がある。確か$4.00ぐらいだったと思う。入場料を払い手の甲にスタンプらしきものが押される。エレベーターに乗りガイドのジョークを聞きながら最上階まで上がった。アメリカ人特有の気さくと陽気さ、そしてジョーク好きは何処でも際立っている。
最上階に上がると四方八方を見渡す窓がある。観光客などが窓から眼下を見下ろしたりカメラを向けては写真を撮っていた。その場所からサンフランシスコ市街の高層ビルやサンフランシスコ湾を展望できる。アルカトラズ島やエンジェル島、遠くはゴールデンゲート・ブリッジ、オクランドやバークリーまで一望できる。

 概要:この塔は1933年に建造された物で、リリー・ヒッチコック・コイトなる女性によるもので$125000の遺贈によって建てられた。彼女が「愛したサンフランシスコもっと美しくしたい」という強い願いが込められている。或る者がサンフランシスコ火災の時に活躍した消防隊員を称える為に、消火用ホースのノズルを塔に見立てて建てたという。よくよく調べてみると、彼女は幼少である8才の時にホテル火災の際に消防隊員によって救出されている。それ以後、彼女はサンフランシスコ消防団のマスコットでもあったとされる。そうした経緯からか消防隊員に対する感謝の気持ちを持っていたとされ深い関わりもあった。1906年に起きたサンフランシスコ大地震の際の火災で懸命に活躍する消防隊員に対して強い感謝の意を示したかったのだという。その彼女の思いがコイトタワーのデザインになっている。だが、タワーの設計者にはそんな考えはさらさら無かったともいう。ただ限られた予算だけにシンプルな建造物をと考えていたようである。タワーは丘の頂上に立つだけに、不安定な懸念を抱かさない為に塔の直径が地上部に比べ約50cm程小さく設計されている。塔の高さは180フィート(約55m)。塔の前にある駐車場広場の中央にはコロンブスの像が建っている。塔とコロンブス?コイトとコロンブス?一体どういう関係があるのかは不明。
 彼女(コイト)が亡くなったのは1929年であるが、1934年には世界大恐慌が始まった時期でもある。タワー内部の1階にある壁画は恐慌当時のサンフランシスコ市民の生活様子が(フレスコ画)描かれている。これは政府の基金によって救済された地元芸術家25人によって描かれたもので、当時を知る上で貴重な歴史的資料ともなっている。


タワー1階の壁に描かれている壁画の一部
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◇ コイトタワーへの交通アクセス

①ダウンタウン地区からは、30番又は45番バスでワシントンスクエアまで移動。ユニオン ストリートとコロンバス アベニューの交差点にあるバス停39番(フィシャーマンズ ワーフ)からコイトタワー行きのバスに乗る。

②地下鉄BARTからは、Embarcadero駅を降車 徒歩で→Market St. →pine St →Battery St →左折 Filbert St →Filbert St Stairs(階段)⇒コイトタワー
又は、→Battery St →左折 Greenwich St.(下記参照)→Greenwich Steps(階段)⇒コイトタワー


③時間的余裕が有り足腰に自信の有る人は、BARTパウエル駅前のケーブルカーターミナルからケーブルカー(パウエル-ハイド線 又はパウエル-メイソン線)で最終着地点まで移動し、更に徒歩でBeach Stを景観を楽しみながらPier39交差点まで進み、更にはPier33交差点まで移動する。The Embarcadero 交差点を渡り、Battery Stを通り、次の交差点を右折するとGreenwich St.に入る。その通りを真っ直ぐ進むと交差点(Wells Fargo Bank, Hult International Business Schoolとスーパーマーケットがある。その Hult International Business Schoolとスーパーマーケットの間の通りを進むと前方に坂を上る階段(Greenwich Steps)がある。その階段を息を切らせながら勇気と根性で上った所がコイトタワー。




3. Coit Tower

コイトタワー展望台
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展望台から観るサンフランシスコ市街中心部の高層ビル
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前方左側にサンフランシスコ湾入り江が見える。右側にはアルカトラズ島
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拡大すると左前方にゴールデンゲート・ブリッジ、中央にフォートメイソン、手前右側がサンフランシスコ海事国立史跡公園
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サンフランシスコ湾に浮かぶアルカトラズ島
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サンフランシスコとオークランドを結ぶSan Francisco - Oakland Bay Bridge
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コイトタワー真下にあるロータリー型駐車場、その外周が広場となっている。中央の像はアメリカ大陸を発見したコロンブス
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by ex-bluemail | 2017-11-15 10:53 | USA旅行記 | Comments(0)

USA旅行記編 サンフランシスコ旅情、アルカトラズ島

アルカトラズ島(アルカトラズ刑務所)
Alcatraz Island


1. 二度目のサンフランシスコ

 今回で二度目のサンフランシスコとなるが、カリフォルニアは10月でも夏日のように暑いくらいの気候と青い空が広がる。まさにカリフォルニア特有の気候である。
ケーブルカーはサンフランシスコ海事国立史跡公園のあるハイド通りとビーチ通りの交差点から入った所にあるケーブルカーターミナル(折り返し地点)に到着する。ケーブルカーから降りると、目の前のBeach St(ビーチ通り)を東に徒歩で19分ほど進むと突き当たる場所にPier 39が見えてくる。その交差点から更に進んだところに目的地のPier 33がある。其処にはアルカトラズ島へ発着するヘェリーのターミナルがある。



Beach St
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ビーチ通りを進むと右側にコイトタワーが見える。
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Pier 39 此処に観光名所の一つフィシャーマンズ・ワーフがある。
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Pier 33
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 午前8:30分頃にPier 33に到着したもののフェリー乗り場では既にかなりの観光客で混雑していた。出航するまでの時間に余裕が有る事からその周辺を歩いて回る。今回のアルカトラズ島への計画は日本にいた時から決めていたのもので、ヘェリーの乗船を含めたアルカトラズ島ツアーの予約申し込みをインターネットで済ませていた。予約が殺到するだけあって、このツアーもチケット入手が困難な一つであろう。ターミナルで待つ事、約1時間。既に予約を済ませてチケットも入手していた事から当日の煩瑣な手続きも支障もなく容易に乗船(事前にインターネットで予約を済ませ、その予約完了返信メールに添付されているチケットをプリントアウトしてツアー参加の当日にフェリー乗り場入口で係員に提示する訳である)できた。ヘェリーの出航は朝の9時10分頃から15:50の間に運行している。観光客は予約の段階で自己の都合に合ったた出航時間を予約する。観光当日、観光者は此のチケット購入に使用したクレジットカードを持つ必要がある。
 出航時間になると、観光乗客は長い長蛇の列を作りながらチケットを提示してフェリーに搭乗する。フェリーは出航すると、約1.9マイル(約3km)を15分程でサンフランシスコ湾に浮かぶアルカトラズ島へと到着する。


♢ ツアー費用に関しては、ALCATRAZ DAY TOUR:フェリー往復とオーディオツアー込みで、大人(18-61才)一人$37.25、少年(12-17)$37.25、子ども(5-11)$23.00、高齢者(62+)$35.25である。支払いは予約完了時にインターネットによるクレジットカード決済。
また、オーディオツアーは諸外国語(日本語)で利用可、このオーディオツアーの払い戻しはアルカトラズツアーのみで受け付けている。

詳細は、ツアー催行社: Alcatraz Cruises 




アルカトラズ クルーズ チケット画像
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Pire 33 フェリー発着ターミナル
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フェリーはPier 33 ターミナルを出航、背に映るサンフランシスコ市街中心部の高層ビル
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サンフランシスコ湾入り江に立つゴールデンゲート・ブリッジ
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埠頭ターミナルから出航して約15分でアルカトラズ島に到着する。
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アルカトラズ島の埠頭ターミナル、建物は当時の兵舎/アパート
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2. アルカトラズ島(アルカトラズ刑務所)

歴史と概要:アルカトラズ島は1854年に太平洋側では最初に灯台が建てられた場所でもある事はあまり知られていない。
1769年、最初のスペイン人探検家によって発見される。当時、10000人以上もの先住民がサンフランシスコ湾周辺に住んでいたとされる。
1775年、スペイン人によって、この島は岩が多く不毛の島と記述され、”La Isla de Los Alcatraces(海鳥の島)”と名付けられた。
1859年、島に建てられたアルカトラズ砦は、アメリカ陸軍防衛として建造されたもので、アメリカの南北戦争(1861-1865)の間はミシシッピ川の西にあるアメリカ最      大の砦となった。この年に11人の兵士が出撃口の地下に連行され監禁されたのが、要塞での監獄の始まりである。
1860年、軍によってアルカトラズ砦に兵士囚人(脱走、窃盗、強姦、殺傷などで有罪判決を受けた犯罪兵)や国事犯に問われた市民などが収容される。
1861年、戦争収容所として使用
1868年、軍の刑務所が設置される。この砦が軍事防衛としての機能性が停止した後に砦は崩壊する。
1906年、サンフランシスコ大震災の際に、サンフランシスコ刑務所から176人の囚人がアルカトラズ刑務所に一時的に移送されている。
1907年、軍は要塞としての意味を失ったために、要塞を壊して巨大なアルカトラズ刑務所を建設した。
1915年、軍は、このアルカトラズ島を「合衆国太平洋地区懲戒用兵舎」と改称する。この刑務所は兵士囚人の処罰と再訓練を目的とした刑務所となる。そのため当時から 島にある殆どの建物が兵士囚人によって建てられていた。

1934年には、島は陸軍省から司法省へと移り、近代的な連邦刑務所として、アルカトラズを民間の刑務所局(BOP)として再建転用された。アメリカで最初の最大安全保障、最低の特権刑務所として機能するよう設計されたアルカトラズ刑務所には、1934年~1963年(29年間)にかけて、アメリカで最も名高い犯罪者や銀行強盗犯、誘拐犯、刑務所脱獄経歴常習犯や他の刑務所で更生出来なかった犯罪者などが収容されていた。名高い犯罪者の中にはギャングの帝王と称されるアル・カポネ、グリーピー・カーピス、ジョージ・マシンガン・ケリー、フロイド・ハミルトンなどもいた。アルカポネの刑期は4年半であったが、その内の数年は病院の隔離病棟で過ごしていたという。また囚人達は他の刑務所から移送された事から、アルカトラズ刑務所は「刑務所内の刑務所」とも呼称されていた。だが、牢獄が一杯になる事はなかった。囚人数は平均260人、多い時で320人で、牢獄数は全部で360室あったという。
 この刑務所が運営されている間に死刑が執行された事は一度もないが、5件の自殺と8件の殺人があり、また36人の囚人が脱獄を試みたが、23人が捕らえられ、6人が射殺、2人が溺死している。他の5人は姿を消しているが、島が最も脱出困難な状況から高い確率で溺死したとされている。またアルカトラズの規制では、囚人は矯正されて危険人物視されなくなるまでの期間は平均8年~10年であったという。

1963年、司法長官であったロバート・ケネディーによって、維持費と経営費の増加を理由にアルカトラズ刑務所は閉鎖されている。
1969年、刑務所の閉鎖が続いた6年後に、アメリカインディアンによってアルカトラズ島は奪われた。アメリカの感謝祭直前に起こったインディアン活動家による島の占拠は、アメリカインディアンの窮状を多くの人々に注目させる事を目的としたもので、国際的な宣伝とする政治抗議としても機能していた。
1972年、ゴールデンゲート・ナショナル・レクリエーション・エリア(GGNRA)は、国会によって設立され、島は国立公園局の管理下に置かれた。この国立公園局は国立公園の資源を人々に提供『公園を人々に』とする趣旨を傾向として持っている。
1973年より、国立公園局はアルカトラズ島を公衆に公開している。以後、40数年に渡り、アルカトラズ島への関心は高まり毎年170万人以上もの観光客が訪れている。


難攻不落・脱獄不可能を誇ったアルカトラズ刑務所と最も有名な脱獄事件

 アルカトラズ島はサンフランシスコ湾に浮かぶ小さな島であるが、島の周辺は速い潮流と7~10°Cの冷たい水温のために、島からは絶対に泳いでは脱出できない脱獄不可能な島とも云われていた。
 1962年6月11日の夜、3人の囚人が脱獄している。脱獄囚人はフランク・リー・モリス(Frank Lee Morris)クラレンス・アングリン(Clarence Anglin)、ジョン・アングリン(Jon Anglin)である。実際、脱獄に加わったのは4人、他の一人アレン・ウエスト(Allen West)は脱獄計画の立案者でもあったが脱出のための換気口の格子を切断できずに失敗に終わっている。4人は2年に渡って石鹸、粘土、紙、穴の掘り屑と毛髪でカモフラージュ用の頭部首人形を作り、食器のスプーンと仕事場から穴を掘る道具を盗み持ち出して交替で独房の換気口を掘っていた。やがて脱獄当日、首人形をベットの枕元に置き寝ている状態を演出し、掘った換気口から抜け出して煙突を登り屋根伝いに脱獄した。そして、冷たく海水の流れが速いサンフランシスコ湾の中を自作によるレインコートの浮き具で脱出したとされている。

 3人の捜索はFBIや地元警察によって行われ、何年にも渡って徹底的に追跡調査が行われたが、この脱出が「成功したのか」「失敗したのか」その結果的論拠とする決定的な証拠すら見付かっていない。1979年、FBIは状況証拠と専門家による意見に基づき脱獄者3人はサンフランシスコ湾で溺死したと結論付けたが、米国連邦保安局は未解決の継続捜査事件として扱い、今も尚、モリスとアングリン兄弟は指名手配となっている。

 この脱獄事件は1979年にアメリカで映画化され、フランク・モリス役はクリント・イースト・ウッドによって演じられた映画『アルカトラズからの脱出』がある。


1962年のアルカトラズ刑務所脱獄者3人、左よりフランク・リー・モリス、クラレンス・アングリン、ジョン・アングリン
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刑務看守の目を欺く為に、モリスが作って用いた頭部の首人形    
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3.アルカトラズ刑務所

アルカトラズ刑務所の監視塔
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茶色い屋根の建物は陸軍チャペル、前方の建物は郵便物引渡し所と刑務所官吏クラブ
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セルハウス(刑務所)と灯台、灯台横は刑務所長邸
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アルカトラズ刑務所からサンフランシスコ市街を望む
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刑務所内の独房
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1962年の3人による脱獄事件の様子を示した物
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アングリン兄弟の脱獄した独房 脱獄に用いられた頭部(首人形)が置かれている。
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灯台と刑務所長邸
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埠頭ターミナルから見た刑務所長邸と灯台
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by ex-bluemail | 2017-11-04 09:45 | USA旅行記 | Comments(0)