その地に足を踏み入れて何を思う…。 気の向くままに旅立ち、その地に足を踏み入れる。青い空と海と緑の大地が自身を包み込んでくれる。流れる雲の如く、大地を駆け巡り、陽の光を浴びては風に踊りて空に舞う。


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USA旅行記編 第三章 第二部 ハンティントン ビーチ

Ⅲ.. Huntington Beach, CA



 桟橋(Pier)を渡るとサーフィンを楽しむサーファー達の姿が視界に入る。ハンティントン ビーチは、アメリカだけではなく世界中からサーファー達が訪れる場所。日本からも訪れるサーファーも少なくはない。サーフィンがしたくてハンティントン ビーチに住み着いた人もいるくらいである。そうしたハンティントン ビーチには、USAサーフチームや北アメリカ・サーフィン・プロフェショナルズ・アソシエーションの本拠地がある。毎年夏にはサーフィン世界選手権が開催されるなど、年間を通じてビーチバレーなども含め様々なイベントも開催されている。
 
 そうした行事とサーフィンに関する歴史と文化との関係で『Surf City USA』と呼ばれる事が多く、また波の高さに関係なく一貫した波の性質により『世界のサーフィン首都』とも呼ばれている。そのように此処ハンティントン ビーチは世界に名高いサーフィンの名所であり、また『サーファーの楽園』とも呼ばれているだけに、サーファー達にとっては憧れの地でもある。




 2015年10月11日、ハンティントン ビーチにて撮影
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Huntington Beach 動画







Huntington Beach YouTubeより転載






※今年2017年秋にアメリカ旅行(ヨセミテ国立公園とデスバレー国立公園)が予定されています。11月頃から順次更新予定です。

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# by ex-bluemail | 2016-08-07 03:12 | USA旅行記 | Comments(0)

USA旅行記編 第三章 第一部 ハンティントン ビーチ

Ⅲ. Huntington Beach, CA




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           ※Googleより転載



 州道1号線(Pacific Coast Hwy)沿いの駐車場に車を止めると、メイン・ストリートのある州道1号交差点側の桟橋入口から入り桟橋を渡る。ハンティントン ビーチは海が広いだけではなく砂浜もかなり広い。この日は雲一つない快晴の青空で空は青く澄み切っており、海は空の青さを映しているかのように青く輝いていた。
 ハンティントン ビーチは平日では訪れる人の数は少な目ではあるが、特に土日ともなると桟橋では多くの人達で混雑しては賑わう場所ともなる。この桟橋入口から反対側(州道1号線交差点メイン・ストリートや州道沿い)にはホテルやレストランなどの店が建ち並んでいる。特にサーフシティと呼ばれるだけにサーフボートなどの店やサーフイン博物館もあり立ち寄る若者達や観光客も多い。

 桟橋を渡ると右側の砂浜では海水浴を楽しむ人達の姿がある。桟橋より左側には幾つものビーチバレーのコートがある。ハンティントン ビーチでは毎年ビーチバレー選手権も開催されている。その砂浜ではビーチバレーを練習している人達の姿があった。桟橋の中心まで来ると両脇に売店がある。何が売られているのかと覗くと、店内では飲み物やサーフィンに関するお土産などが売られていた。桟橋の上では釣りを楽しんでいる人の姿も少なくはなく、子どもや若者から大人や老人に至るまで実に多くの人達が訪れている。そうした桟橋では、訪れた多くの人々が眼下にサーフィンを楽しむ若者達を観ている。そして更に進むと桟橋の先端には赤い八角形屋根の建物レストランがある。入口横(正面)にはバーガーショップがあり、その赤い建物のレストランはアメリカ料理を提供しているRuby's Dinerチェーン店。周囲の海を眺望できる様に設計されたその建物は、恰も海の上に建つレストランといった様でもあり発想が実にユニークである。




HBと桟橋の歴史(概略)

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Henry E Huntington(1850-1927)  


1889年、シェルビーチと呼ばれた此の地は、小さなグループの入植者で構成されていた。

1901年頃、昔から農業が主な此の海辺の町(後々にハンティントン ビーチとなる地)は、後に観光地として発展するとパシフィック・シティに変更される。

1902年頃、鉄道王・不動産王ヘンリー・エドワード・ハンティントン(Henry E Huntington 1850-1927)の所有する不動産開発会社(Huntington Beach Company)
に売却された此の地は、ハンティントンによる鉄道(パシフィック・エレクトリック鉄道)の開通と電話線の設置により市は急速に繁栄する。

1903年、浜辺から海に突き出た全長1000フィート(約305m)もの木造による桟橋が建てられる。

1909年、最初の市長であったエド・マニング氏によって設立されたハンティン ビーチ。その元の開発者はヘンリー・ハンティントン所有する不動産開発会社であり、此の地の繁栄に貢献したハンティントン氏を讃え敬意を表して市名を「ハンティントン ビーチ市」と改名される。

1910年、俳優でもあり水泳選手や伝説のサーファーでもあったデユーク・カハナモク(Duke Paoa Kahinu Mokoe Hulikohola Kahanamoku 1890-1968によってサーフィンとするスポーツが南カリフォルニア全域に定着するようになる。  

1912年、嵐に襲われ桟橋の大半が破壊されるが、1914年には全米一の全長1350フィート(約412m)の総コンクリート製による新たな桟橋が再建される。

1920年代、ハンティントン ビーチは石油を埋蔵する自然資源断層の上に立っていた。その石油資源開発とする発掘によってハンティントン ビーチ市の人口が急増する。

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1920年代からの石油ブーム最中、ハンティントンビーチ海岸の石油デリック。1953年の石油ストライキ後に、50年代に始まった人口増加の為にハンティントン ビーチ市内と海外沿いの石油デリックは取り除かれた。※ City of Huntington Beach公式サイトより転載

1925年、州道1号線(Pacific Coast Hwy)の完成によってハンティントン ビーチを訪れる人々が増加する。

1930年代、既存の桟橋を更に500フィート延長して桟橋の先端にカフェをオープンする。

1939年、ハリケーンがカリフォルニアを襲い桟橋は破壊されて沈む。その翌年の1940年に市によって桟橋は再建されている。

1959年、米国最初の「USサーフィーン・チャンピオンシップ」が開催される。その翌年のテレビ放映によりハンティントン ビーチは「サーファ―の楽園」としての国際的な名声を得る。

以後、桟橋は不幸にも二度の嵐に見舞われ破壊されるが、1992年には当初のオリジナルを再現したコンクリート製の桟橋(全長1850フィート:約564m)が建造される。現在ハンティン ビーチでは、年間を通じてサーフィンやビーチバレーなど多くのエベントが開催されている。そのためビーチや桟橋を訪れる地元の人々や多くの観光客(年間訪問者1100万人以上)などによって大いに賑わいを見せている。






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 州道1号線(Pacific Coast Hwy)とメイン・ストリートの交差点(桟橋入口の場所)※Google Earthより転載



 州道1号線(Pacific Coast Hwy)の交差点から桟橋入口を入った所。アメリカ合衆国星条旗、カリフォルニア州旗、ハンティントン ビーチ市旗が立ち並ぶ。 
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 桟橋入口から入り桟橋を渡るとハンティントン ビーチでの海全体がその光景が視界に広がる。
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 Huntington Beach Pier(桟橋)を渡る。桟橋の右側では海水浴などを楽しむ人々。
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 桟橋の左側ではビーチバレーの練習風景、ハンティントン ビーチでは毎年ビーチバレー選手権が開催される。
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 桟橋から眼下にサーフィンを観ている人々。
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 前方の赤い八角形屋根の建物がレストラン(Ruby's Diner アメリカ料理を提供しているチェーン店 営業時間:7:00am - 22:00pm)
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Huntington Beach 動画







◇ City of Huntington Beach 公式サイト





 ※ 次回、第三章 第二部 ハンティントン ビーチは、近日(8月上旬)の更新を予定しています。




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# by ex-bluemail | 2016-07-15 23:51 | USA旅行記 | Comments(0)

USA旅行記編 第一章 第二章 カリフォルニア州、ハンティントン ビーチ

Ⅰ. Huntington Beach, CA




 ロサンゼルスを訪れると決まって足の向く場所がある。一つはUCLAであり、もう一つはハンティントン ビーチである。元々カリフォルニア特有の温暖な気候と住み易い環境が大変気に入っているせいか、特にカリフォルニアの澄み切った青い空と海を好む。それが故に、ロサンゼルス市街中心地にはあまり足を踏み入れようとはせずに、市街から離れた海や山などに足を向ける傾向がある。長年に渡り都会での生活に住み慣れてはいるものの、それでも都会の生活には決して馴染めない。それだけに性格的には自然のある場所を好むようだ。

 日本の海とは大きく異なりロサンゼルスの海、特にハンティントンの海は青く美しい。「カリフォルニアの青い空と海」は、若き頃より憧れ的な存在でもあった。”何時かはカリフォルニアへ…、カリフォルニアの青い空と海のある地を踏む” 事が夢でもあり、可能ならばカリフォルニアに永住してみたいと思った程である。何時しか歳月は流れたが、今でも若き頃に抱いた憧れやその熱き思いは決して色褪せてはいない。それが故に、ロサンゼルスを訪れると決まってカリフォルニアの青い空の下、自ずと足が海へと向くのである。

 
      
 ハンティントン ビーチ桟橋(Pier)                      
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 州間高速道405号線(San Diego Fwy)を走行してWestminster →Huntington Beachを16番出口(EXIT 16)を出て、州道39号線(Beach Blvd)を走ると前方に広々とした海が視界に入る。そこがハンティントン ビーチである。その道路と突き当る州道1号線(Pacific Coast Hwy)の交差点を右折してビーチピァー(桟橋)へと向かう。この桟橋を中心に州道沿いには多くの駐車場(有料)がある。

 ハンティントン ビーチに辿り着いたのは昼頃であった。今回で二度目のハンティントン ビーチではあるが、前回は雨天の影響で雨の止んだ直後の曇り空の広がる夕方近くでもあっただけに、ビーチを訪れる人の数も少なくハンティントン ビーチの景観は望めなかった。そして二度目となる、この日のロサンゼルスは異常気象の影響により、雲一つない快晴の青空が続き、然もかなり暑く真夏日を感じさせる程の陽射しの強い天気であった。桟橋に居るだけでかなり日焼けをした程である。その影響か桟橋を歩くだけでは暑さに耐えられず、海に飛び込みたい心境でもあった。ハンティントン ビーチを訪れる人達は何もサーファーだけではない。海水浴を楽しむ人や散歩がてに遣って来る者、サーフィンを見物に来る人等々と桟橋を訪れる人々は多い。それは地元や近隣や遠方などから・・・、そして実に多くの観光客なども訪れている。



ハンティントン ビーチ名の由来
 ハンティントン ビーチは、ロサンゼルスから南へ35mile(約56km)、サンディエゴからは北へ90mile(約145km)と進んだ南カリフォルニアの海岸沿いに位置する。
 私が最初にハンティントンを訪れた際に海の方角が判らず、街の中心地で地元の人に「ハンティントン ビーチは何処にありますか?」と尋ねたところ。地元の人は「此処がハンティントン ビーチだよ」と答えてくれた。だが、その答えの意味が摑めず理解に悩んだ経験がある。ハンティントン ビーチは浜辺や海岸の名称と思っていたのだが…、実は市名であったという事である。

 1902年頃、鉄道王・不動産王ヘンリー・エドワード・ハンティントン(Henry E Huntington 1850-1927)の所有する不動産開発会社に売却された此の地は、当時はパシフィック・シティという市名ではあったが、ハンティントンによってパシフィック・エレクトリック鉄道の開通と電話線の設置が行われるようになると市は急速に繁栄する。1904年、地元に貢献したハンティントン氏を讃え敬意を表して「ハンティントン ビーチ市」と改名された経緯がある。
 
 


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 ハンティントン ビーチの一帯は石油を埋蔵する自然資源断層の上に立っている。1920年頃の石油資源開発によって人口は急激に増加する。当時のハンティントン ビーチの海岸一帯はそうした石油掘削装置が建ち並ぶ状態であった。後に石油は資源床に底が突き掘削装置は姿を消すようになる。現在、沖合いに二つの石油抽出施設があるだけである。画像中央の前方に見えるのが石油抽出施設。
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 ハンティントン ビーチから沖合いに見える石油抽出施設
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Ⅱ. The Way to Huntington Beach



ロサンゼルス国際空港(LAX) →Inglewood →州間高速道405号線 (San Diego Fwy) →Lowndale →Rossmoor →州間高速道405号線 (San Diego Fwy) →Westminster(EXIT 18) →Golden West St.州道1号線 (Pacific Coast Hwy) ⇒Huntington Beach Pier (約67分、56.8km)

又は、
州間高速道405号線 (San Diego Fwy) →Westminster →Huntington Beach(EXIT 16) →州道39号線 (Beach Blvd) →州道1号線 (Pacific Coast Hwy) ⇒Huntington Beach Pier(LAX →約68分、58.7km)



ハンティントン ビーチ桟橋付近の駐車場料金
Pier Plaza Parking & Pier Plaza Amphitheater Parking
Per Hr, $1.50   Per day, $15.00













 州間高速道405号線(San Diego Fwy)のEXIT 16を出て、州道39号線(Beach Blvd)を海に向かって走ると右側にホテルHyattがある。
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 その州道39号線と突き当たる州道1号線(Pacific Coast Hwy)との交差点(右側がホテルHyatt)を右折する。交差点の前方がハンティントン ビーチ。
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 州道1号線(Pacific Coast Hwy)から見た同交差点、右側がホテルHyattと州道39号線(Beach Blvd)。
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 交差点を通過すると「Huntington Beach」と書かれた立体歩道橋を通り抜け、左前方にはハンティントン ビーチピアーが視界に入る。
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 ※ 画像はgoogle mapより転載





 雨上がりのハンティントン ビーチ、海岸沿いを通る州道1号線(Pacific Coast Hwy)
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 州道1号線沿いにあるハンティントン ビーチ・バイク・トレイルと桟橋
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 ハンティントン ビーチの州道1号線(Pacific Coast Hwy)、桟橋入口のある州道沿いには多くのホテルなどが建ち並んでいる。
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 ハンティントン ビーチ桟橋(Pier)入口内
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 州道1号線沿いにある有料駐車場、桟橋を中心に州道沿いには多くの駐車場がある。
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 Huntington Beach Pier
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 ※ 次回、第三章 第一部 ハンティントン ビーチは、近日の更新を予定しています。




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# by ex-bluemail | 2016-07-01 09:30 | USA旅行記 | Comments(0)

USA旅行記編 第三章 第三部 サンタ・カタリナ島、ケープキャニオン探検ツアー

サンタ・カタリナ島、ケープキャニオン探検ツアー
Cape Canyon Expedition, Santa Catalina Island



Island Tour Plaza(ケープ キャニオン探検ツアーの集合場所)
 午前9時のツアーの集合場所であるアイランド・ツアープラザへと足を運ぶ。集合場所に到着したが他に参加者が見当たらない。暫くすると、ジープの運転手兼ツアーガイドの女性が来て、「参加者は貴方以外に10名程いて、他の場所で乗車する」との事。12人乗りのハマーの大型ジープを走らせボート・ターミナルで他の参加者達を乗せるとツアーが開始された。
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 ツアー集合場所から出発すると、最初は舗装された丘の道路を上るが、次第に砂利道や凹凸のある乾いた道路を走る事になる。暑い日だけに道路の土も乾燥しているため、ジープで走るとかなり土埃が舞い上がり、着ている服にも土埃が付着する。そんな土埃を舞い散らせながらジープは丘の道をひた走り進む。丘の頂上に辿り着くと、視界に広がる海が一望できる。波の少ないなだらかな海が青く輝いている。そして、海の彼方には微かではあるがアメリカ本土の陸地(ロサンゼルス)が望める。
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Haypress Recreational Area 
アメリカ・バイソン(別名バッファロー) ウシ科バイソン属に分類する牛、別名バッファロー。至る所で見掛けるバイソンの群れ。身体が大きいためあまり動こうとしないのか、地面に寝そべったりしては草などを食べてはのんびりと過ごしているようである。後ろ足に比べ前足が異常に太く大きい。身体の後ろ半分よりも前半分が大きく特に肩が隆起したように盛り上がっている。角は湾曲で何よりも頭部と顔が大きいのが特徴。アメリカ大陸でバイソンは元々アメリカ先住民であるインディアンの食料であったが、狩猟が盛んに行なわれた時代には主に皮革が目的として狩猟が行なわれた。また牛の放牧地を増やす目的でのバイソン駆除や大陸横断鉄道の開設により狩猟ツアーなどの乱獲などによって数は減少した。更にはバイソンの保護が為されなかった事から激減する。そのため20世紀になるとバイソンを保護する運動が強まると国立公園や保護区が設置されるようになり、1905年にはアメリカバイソン協会が発足されている。アメリカ大陸に白人が移入する以前の生息数約6000万頭と推定され、1890年頃には1000頭未満まで激減、1970年には15000-30000頭までに増加している。
 1972年に設立されたカタリナ・アイランド自然保護団体(Catalina Island Conservancy)は、南カリフォルニアで最も歴史のある団体の一つで、カタリナ島の88%を自然保護区として管理している。珍しい固有の植物種、動物種、昆虫種などが60以上もいる。島内陸にはサンタ。カタリナ島にのみ生息するカタリナ・アイランド狐も生息する。この島で観られるバイソン(Bison)(別名バッファロー(Buffalo))は元々島に生息していたものではなく、1924年に映画の撮影で使用するために島に持ち込まれたのが最初であり、その撮影時の14頭が島に放置されそのまま野生化して600頭まで増えた。増えたバイソンは定期的にアメリカ本土へ送り返えされたという。現在、島で観られるバイソン(約150頭)はそうした子孫にあたる。
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Little & Shark Harbors
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アメリカ・バイソン(Bison)、別名バッファロー (Buffalo)
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自然景観が良くキャンプやBQには適した場所である。此処は映画の撮影地にも使用されているとか。
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Cottonwood Beach
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Ben Weston Beach
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Middle Ranch, Eagles Nest Peak
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白頭鷲(英語: Bald Eagle タカ目タカ科に属する鳥類)
 アメリカ合衆国のシンボルとして国鳥、国章、省庁や諸機関の徽章などにも採用されている。全長が76-92cm、翼幅が2mmを上回る大型の鷲、体色が褐色で首から頭部が白いのが特徴。主に北アメリカ大陸(アラスカ)の沿岸部に広範囲で分布し、海岸や川沿え、湖沼などに近辺に生息する。アメリカ合衆国では森林伐採や乱獲によって減少したが、保護活動により個体数が回復している。保護法には1940年の白頭鷲保護法(The Bald Eagle Protection Act)現白頭鷲・イヌ鷲保護法(Bald and Golden Eagle Protection Act)1918年の渡り鳥保護条約法(The Migratory Bird Treaty Act)がある。そのためか、カタリナ島でも白頭鷲が手厚く保護されている。
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Airport in the Sky [Santa Catalina Airport]
 天空の空港「サンタ・カタリナ空港」に到着すると、空港建物内で一時の休息をとる。この建物内には御土産売り場やお茶などを飲む「ランウェイ・カフェ」がありバッファローバーガーが食べられる。航空チケット売り場は中央建物の2階にある。小さな空港だけに4・6人程度の小型飛行機だけが離着陸するのかと思いしや…、突然にも大きなエンジン音を響かせながら、かなり大きな旅客機が飛び発った。カタリナ島の一周が約45マイル(約85km)、空港は海抜高度1600フィートにある。アメリカの多くの空港は市営、郡営で小型機に関しては着陸無料となっている。アバロン空港は市営でも郡営でもなく、私営であるために着陸料は$20だそうな。また、航空空域は管制されないエリアなために管制塔が無いのが普通ではあるが、アバロン空港には独自の管制塔があり管理人が案内誘導してくれる。
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アメリカ・バイソン
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# by ex-bluemail | 2016-05-08 12:47 | USA旅行記 | Comments(0)

USA旅行記編 第三章 第二部 サンタ・カタリナ島、アバロン散策

サンタ・カタリナ島、アバロン散策
Avalon stroll


アバロン湾(Avalon Bay)
 野生イルカとアシカの回遊ツアーが終わるとボートはアバロン港のボート・ターミナルへ帰着するが、その際にアバロンを散歩して夕方までの時間を過ごした。
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 海(アバロン湾)からも見える丘の頂上(エイダ山)に建つホテル「The Inn on Mt. Ada」は、1921年にチューインガム会社の創立者であったウィリアム・リグレーが建てた住居で、現在はホテルとなっている。アバロン前景が望める場所に建つホテルではあるが、宿泊部屋は6部屋しかなく、敷地内は宿泊客しか入れない。画像中の旅客船の背後に見えるのがボート・ターミナル。カタリナ・エクスプレスは、このターミナルで発着する。その真上の山頂に建つのがThe Inn on Mt. Ada(ホテル)。
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アバロンのカジノ Catalina Casino( Avalon Theater & Catalina Island Museum)
 アバロン港に建つ円形状の建物、カタリナ・カジノは世界恐慌直前から存在していた。この建物は1919年にカタリナ島の経営権を買ったチューインガム界の有力者であったウィリアム・リグレー・ジュニアによるもの。当時は、まさにアメリカの不景気から逃避させてくれる場所でもあったという。但し、カジノという名が付いているとしてもギャンブル場としてオープンした訳ではない。カジノ(Casino)とは、イタリア語で「人々が集う場所」という意味である。この建物には1階に映画館があり、最上階がボールルーム(Ballroom)となっている。ボールルームとは、社交ダンスを行なう舞踏場をいう。
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中央がGreen Pleasure Pier ホテルやレストランなど商店が建ち並ぶ
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丘の斜面に建つ街並み、左の三角の屋根を持つ建物(Holly Hill House)は1890年に建てられたもの。そんな古さも感じられず町並みの景観とも調和している。
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アバロンの海と街並み
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South Beach
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Middle Beach
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アバロン、昼の景観と夜明け
宿泊ホテルのベランダからのアバロンの景観を撮影
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アバロンの日の出
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# by ex-bluemail | 2016-04-02 00:25 | USA旅行記 | Comments(0)